ケジラミ=不潔な人に寄生するのではなく、STD(性感染症)としてセックスで感染します
雅治(クリニック院長):フムフム。とにかくアソコがかゆくて、かゆくて我慢できないと。接客の仕事にも影響が出るし、睡眠不足にもなっている…メモメモ(←実際はPC入力のカルテです)。
彼氏もなんだかモゾモゾしているので、思い切って訊いてみたら、「股間にボリボリと掻きむしりたくなるような強いかゆみ」もあると言われたので、性病を疑ってクリニックを受診するに至ったということですね。
本当は彼氏も一緒に来て診察を受けてもらうのが良かったんだけど、平日の午前じゃしょうがないですよね。
じゃあ、ちょっと拡大鏡で患部を観察しますね。…1分後… お、これですね。ヨイショっと。ちょっと小さいけど、この褐色を帯びた白色の"かさぶた"のようなものわかりますかね?
え、はい。キャ〜〜〜〜!!!なんか動いている!これってもしかしてダニかなんかですか!?これがかゆみの原因なんですか?
ケジラミ:そんなに驚かなくてもいいじゃないか。それに僕はダニなんかじゃなくて、ケジラミというシラミの仲間だよ。
皆知らないと思うけど、シラミって日本国内だけで1,000種類以上も存在しているんだよ。そのなかで人間に寄生するのは、頭に寄生するアタマジラミ、衣服や下着などを好むコロモジラミ、そして主に陰毛に寄生している僕らケジラミの3種類なんだ。
症状の割には性格は大人しそうなキャラだな。大きさは1〜2mm程度と小さいけど、こうして拡大鏡で見れば下着に寄生するコロモジラミとハッキリ違いがわかるね。うん、この蟹(カニ)に似た形、コイツはケジラミで間違いない。
清水さん、コイツ(ケジラミ)があなたの陰部に潜んでいて皮膚から血液をチューチューと吸って栄養源にしているんです。血を吸うときに注入する唾液にアレルギー反応が起きて、強烈な痒みが症状として現れるというのが現在の有力な説なんです。
私たちの両親や祖父母の世代って、子供の頃にシラミが寄生しないように消毒していたって話を聞いたことがあるんですけど、現在でもシラミが寄生することがあるんですね。
こんな気持ち悪いのがずっと、私の下半身にいたかと思うとゾッとしますね。自分で言うのもなんですけど、私も彼氏もどっちかというと清潔オタクなところがあったのに…。なんだかショックです。
奈々(看護師):戦中や戦後まもなく流行したコロモジラミの影響で、未だに多くの人がシラミは不潔な人だけが感染するというイメージがあるんですけど、アタマジラミやケジラミは清潔にしていても感染するんですよ。
特にケジラミはセックスで簡単に感染するので、今の若い人にも感染者はたくさんいらっしゃいます。たしか90年代以降、感染者は増加しているんじゃなかったかしら?
うん。それでさっきは陰毛を一本根元から採取させてもらったんですけど、この根元に近い部分が乳白色に膨らんでいるのが見えますか? これ実はケジラミの卵なんですよ。
ケジラミの卵はセメント様の物質で固定されているから、お風呂で洗ったり、手で掻き毟ったりする程度では剥がれ落ちたりしないんです。ホント、凄い適応能力だ。関心しても仕方ないですけど…。
拡大鏡でケジラミの幼虫、成虫あるいは陰毛に産み付けられた卵を確認することで感染が判明するのですが、ケジラミの糞によって下着に黒い点々のようなシミが付くことあるんです。それをきっかけに受診する女性もいるんですよ。
ケジラミは感染してから1〜2か月後に強いかゆみが現れますが、それ以外の皮膚症状、例えばブツブツなどの視覚的にわかるものは全くないのが特徴なんです。かゆみは個人差が大きく、症状が出ない人もいるんですよ。
この半年は彼氏以外の男性とセックスはしていないので、彼氏から感染したってことですかね。
僕らは布団やバスタオルなどを介して間接的に感染するケースもあるから、彼氏が原因とは断定はできないよ。
ただし、ケジラミは人の血液だけが唯一の栄養なので、人から離れてしまうとせいぜい2日程度しか生きられない虚弱体質なんだ。しかも、1日の移動距離は10cm程度とされているので、間接的な感染経路は頻度が少なく、やはりセックスによる感染が疑われるケースが大半なんだ。
僕らの大好きな感染部位は陰毛だけど、肛門や太ももの周囲など毛があるところなら贅沢言わずにどこでも感染するよ。
ほかには腋毛(わきげ)とか睫毛(まつげ)だったり、毛深い男の胸毛とヒゲに感染する物好きもいるね〜。僕は女性が大好きだから御免だけど。
こうしている間も彼氏は陰部をボリボリと掻きながら仕事をしていると思うとなんか可哀想というか滑稽というか…。
私はこの1匹だけでなく他にも何匹かいる可能性があるんですよね?治療はどうするんでしょうか?
手っ取り早くて確実なのは、感染部位の毛を剃ること、いわゆる"剃毛"ですね。そうでなければ、フェノトリンパウダー(製品名:スミスリンパウダー)、フェノトリンシャンプー(製品名:スミスリンL)というケジラミ用の治療薬を使用することになります。
パウダー(白い粉末)とシャンプーはいずれも感染部位にかけて、しばらく時間をおいてシャワーで洗い流すだけです。いずれも3日に一度の使用を3〜4回繰り返すだけです。
使用開始時点ではまだ卵の状態であっても、3〜4回の繰り返しの期間内に卵から孵化して幼虫になっているので、感染部位のケジラミは全滅させることができます。
ケジラミをはじめとするシラミの弱点は"熱"です。服や寝具などは60℃以上のお湯に10分程度浸してから洗濯し、"ダメ押し"にアイロンをかけてやれば卵も成虫も駆除することができます。
ケジラミは陰毛同士の接触で容易に感染するので、コンドームは予防の役に立ちません。
他の性感染症と同じく、本人とパートナーが互いに何度も感染させてしまう「ピンポン感染」を起こしやすいから、感染の事実をパートナーに伝えて、治療を受けてもらうことが大切です。